東京地方裁判所 平成9年(ワ)4308号 判決 1999年1月20日
主文
一 被告は、原告に対し、被告が千葉県山武郡芝山町において建設中のゴルフ場(仮称「東京財資ゴルフ倶楽部」)の開業の日から三年間を経過した日が到来したとき、又は、平成一五年六月二五日が到来したときは、そのいずれか早く到来する日限り、三〇〇〇万円を支払え。
二 原告のその余の第一次的請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 本件請求
原告は、訴外愛時資株式会社(愛時資という。)に対し、貸金元本合計一一七億五〇〇〇万円、利息債権合計一八億四一二九万九七八〇円及び右各債権に対する各支払期日の翌日から支払済みまでの遅延損害金債権を有していたところ、被告は平成四年三月三〇日原告に対して、愛時資の原告に対する右各債務その他愛時資が原告に対して現在及び将来負担する一切の債務の担保として被告の訴外株式会社京葉銀行(京葉銀行という。)に対する別紙目録<略>の預金債権(本件預金債権という。)に有効に質権を設定する旨約し、京葉銀行をして右質権設定を承諾させる旨約したが、右義務の履行を怠ったので京葉銀行の承諾を得る債務は履行不能となり、そのため、原告が本件預金債権の元金一〇億円を取得することができず、同額の損害を被ったとして、被告に対し、右一〇億円及びこれに対する履行不能に陥った日である平成八年一一月一三日から支払済みまで商事法定利率年六パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める権利があるところ、被告について和議開始決定及び和議認可決定が確定し、原告の右債権は、和議認可決定によって後記第二の7の(五)のとおり権利変更されたと主張して、被告に対し、<1>第一次的請求(将来給付の訴え)として、被告が千葉県山武郡芝山町において建設中のゴルフ場(仮称「東京財資ゴルフ倶楽部」)開業の日から三年間を経過した日、又は平成一五年六月二五日のいずれか早く到来する日限り、六〇〇〇万円を支払うこと、<2>第二次的請求として、原告と被告との間において、原告が被告に対し、六〇〇〇万円の損害賠償請求債権を有することの確認を求めている。
第二 事案の概要
一 当事者間に争いがない事実及び確実な書証により明らかに認められる事実
1 原告は、金融業務及び金融業の代行業務等を目的とする会社である。
被告は、土地造成、ゴルフ場等の企画、開発、造成、経営、管理及び賃貸借等(平成一〇年二月一三日の変更後は、ゴルフ場並びに関連する諸施設の経営、ゴルフ会員権の売買及び斡旋)等を目的とする会社である。なお、後記のとおり、被告については、平成八年一二月一二日午後二時に和議開始決定がなされ、同九年六月二四日には和議認可の決定が確定している。(甲第一五、一六号証、乙第三、四号証)
2(一) 愛時資は、いわゆるデベロッパー会社であり、昭和五八年一二月の設立の後、都市開発、ビル・住宅・マンション事業、ゴルフ・リゾート開発事業等を手掛けた。愛時資は、持株会社「愛路圓」を通じて複数の子会社を持ち、愛時資グループを形成していた。愛時資の商業登記簿上の本件所在地は東京都千代田区麹町<略>であり、被告会社の設立時の商業登記簿上の本店所在地は、愛時資と同じ東京都千代田区麹町<略>であった。被告は、愛時資の子会社であり、代表取締役には愛時資の取締役が就任しており、両者は平成四年三月当時、緊密な関係を有していた。右当時の被告及び愛時資の代表取締役は、ともに甲田一郎(甲田という。)であった。(争いがない。)
(二) 平成四年三月三〇日当時の愛時資及び被告会社の主要株主及び役員構成は次のとおりである。
(1) 主要株主及び持株比率(被告は明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。)
ア 愛時資
愛路圓 五六・〇パーセント
松井凡太 二・四パーセント
甲田一郎 一・六パーセント
(以上合計六〇・〇パーセント)
イ 被告会社
愛路圓 六四・〇パーセント
愛時資 一〇・〇パーセント
松井凡太 三・〇パーセント
甲田一郎 三・〇パーセント
(以上合計八〇・〇パーセント)
ウ 愛路圓
甲田一郎 八〇・〇パーセント
松井凡太 二〇・〇パーセント
(以上合計一〇〇パーセント)
(2) 役員構成(争いがない。)
ア 愛時資
代表取締役 松井凡太、甲田一郎、小塚輝夫
取締役 岡田茂、高木聰明、山口義夫、松野公一、上原要三郎、樋口慶太郎、永田睿、吉永和雄
監査役 板倉芳明、宮下恒二
イ 被告会社
代表取締役 松井凡太、甲田一郎、岡田茂
取締役 小塚輝夫、松野公一、冨永良明、宮下恒二、池田友造、久保田二郎
監査役 出口義夫、河上兼三
3 原告は、愛時資の株主でもあり、同社に対し、運転資金を貸し付けており、その取引は遅くとも平成元年九月以降からあった。また、原告は、被告が愛時資の子会社であり、代表取締役には愛時資の取締役が就任していることを知っていた。(争いがない。)
4(一) 原告は、平成元年一一月三〇日愛時資に対し、次の約旨で一〇〇億円を貸し付け、愛時資から株式会社馬頭ゴルフ倶楽部(馬頭ゴルフ倶楽部という。)の土地(栃木県那須郡馬頭町大字大山田下郷字在忍六〇八番地ほか、合計二九〇筆。)に抵当権の設定を受けた。(争いがない。なお、甲第一号証の一。この貸付金を本件貸金(一)という。)
弁済期 平成四年三月三〇日
利率 年六・七パーセント
ただし、利息の計算方法は年三六五日の日割計算とする。なお、長期プライムレートが変動した場合には、その変動幅どおりの利率変更を行う。
利息支払い日 三か月分前払い
遅延損害金 年一四パーセント
ただし、遅延損害金の計算方法は年三六五日の日割計算とする。
(二) 原告は、平成二年三月三〇日愛時資に対し、次の約旨で二〇億円を貸し付けた(甲第二号証の一。本件貸金(二)という。)。
弁済期 平成二年九月三〇日
利率 年八・九パーセント
ただし、利息の計算方法は年三六五日の日割計算とする。なお、長期プライムレートが変動した場合には、その変動幅どおりの利率変更を行う。
利息支払日 三か月分前払い
遅延損害金 年一四パーセント
ただし、遅延損害金の計算方法は年三六五日の日割計算とする。
(三) 原告は、平成二年三月三〇日愛時資に対し、次の約旨で四億五〇〇〇万円を貸し付けた(甲第三号証の一)。
弁済期 平成五年三月三〇日
利率 年八・九パーセント
ただし、利息の計算方法は年三六五日の日割計算とする。なお、長期プライムレートが変動した場合には、その変動幅どおりの利率変更を行う。
利息支払期日 三か月分前払い
遅延損害金 年一四パーセント
ただし、遅延損害金の計算方法は年三六五日の日割計算とする。
5(一) 原告は、平成四年三月三〇日愛時資に対し、次の約旨で二一億円を貸し付けた(甲第四号証)。
弁済期 平成四年九月から平成六年五月まで毎月一五日限りの一億円ずつの分割払。
利率 年七・二パーセント
ただし、利息の計算方法は年三六五日の日割計算とする。なお、長期プライムレートが変動した場合には、その変動幅どおりの利率変更を行う。
利息支払日 第一回目は、平成四年五月一五日に当日までの利息を支払う。第二回目以降は、六か月ごとの一五日に前の利息支払い日の翌日から利払日までの利息を支払う。
遅延損害金 年一四パーセント
ただし、遅延損害金の計算方法は年三六五日の日割計算とする。
(二)(1) 右(一)の二一億円の貸付けは、本件貸金(一)の一部の借り換えである。原告と愛時資は、平成四年三月三〇日、同日弁済期が到来した本件貸金(一)について、そのうちの二一億円を右5の(一)の貸金をもって弁済したこととし、残債務七九億円については、利率や利息の支払方法を変更した上、弁済期を平成六年五月一五日と合意した(争いがない。なお、甲第一号証の二。)
(2) 右借り換えに当たり、原告は、前記4の(一)の抵当権について、二一億円弁済後の残債務七九億円を被担保債権とする旨変更して、そのまま担保に取った。また、原告は、借り換えにかかる二一億円を担保するための抵当権の設定を受けなかったが、その代わり、同じ馬頭ゴルフ倶楽部の土地に、新たに極度額を三五億円、債務者を愛時資、根抵当権設定者を馬頭ゴルフ倶楽部、被担保債権を金銭消費貸借取引ほかとする根抵当権を設定した。(争いがない。なお、甲第一号証の二、乙第九号証。)
6(一) 被告は、京葉銀行に対し、本件預金債権(元金の合計一〇億円)を有していた。本件預金債権には譲渡質入禁止の特約があり、その預金証書(本件預金証書という。)にも、譲渡質入禁止文言の記載がある(争いがない。)。
(二) 平成四年三月三〇日、被告と愛時資は、本件預金債権に関し、右両者連名による要旨次の内容の「定期預金担保差入証」(本件担保差入証という。)を作成して原告に交付し、被告は、同日本件預金証書を原告に差し入れた。これに対し、原告は、同日被告に対し、本件預金証書を担保品として預かった旨の愛時資あての預り証を発行した。(甲第六号証、第七号証の一ないし一三)
「被告は、愛時資が原告に対して現在及び将来負担する一切の債務の根担保として、愛時資が別に差し入れた平成元年九月一九日付け取引約定書及び次の約定を承認の上、本件預金債権に質権を設定し、本件預金証書を原告に差し入れる。
(1) 愛時資が右債務を履行しなかった場合は、愛時資(被告)に事前に通知することなく、直ちに質権を実行されても異議はない。
(2) 前条によって右債務の弁済に充当し、過不足金を生じた場合には、債務者は直ちに清算する。
(3) 右預金債権を期日到来ごとに書き換えるに当たり、証書の合併、分割、減額又は利息を元加した場合、また、期間・利率を変更した場合であっても書き替えられた預金債権は、引き続き、この差入証による担保とする。
(4) 本件定期預金債権の期日が到来したときには、原告は本件定期預金債権を任意受領の上、これを債務の弁済に充当することができる。
(5) 愛時資(被告)は、本契約によって質権の目的となった預金債権については、無効取消しその他の瑕疵又は相殺の原因などのないことを保証する。」
(三) 原告は、本件預金証書差入れから半年以上を経過した平成四年一一月一二日、京葉銀行に対し、本件預金債権に対する質権設定に関する承諾書の提出を求めた。しかし、京葉銀行は、これを拒絶した。そこで、原告は、同月二七日、「債務者兼預金者****が野村ファイナンス株式会社に対して現在および将来負担する一切の債務の根担保として、上記定期・通知預金のうえに質権を設定いたしましたからご承諾くださるよう連署をもってご依頼申し上げます。」との依頼文言を記載し、「上記定期・通知預金に対する質権設定を承諾いたしました。平成 年 月 日 ****」との承諾文言も記載した原告と被告の連名による本件預金債権に関する「質権設定承諾依頼書」(本件承諾依頼書という。)を被告にファクシミリ送信した。(争いがない。なお、乙第一一号証。)
7(一) 被告は、平成八年七月一八日、東京地方裁判所に対し、和議開始の申立をした(同庁平成八年(コ)第一八号。争いがない。)。京葉銀行は、平成八年七月二五日被告に対し、「京葉銀行は、被告との保証契約書に基づき、被告の会員権取得者に対してローンを実行したが、被告は平成八年七月一八日和議申立をした。和議申立は、被告との取引約定によれば一切の債務についての期限の利益喪失事由とされており、かつ、右保証契約によれば被告に期限の利益喪失事由が発生した場合は、京葉銀行が被告に対して有する保証履行請求権と被告が京葉銀行に対して有する預金債権とを相殺できることになっている。そこで、京葉銀行は、同月一九日に、被告に対するスズキブンジほか四七六件のローン残高九〇億〇二九二万〇五二三円の保証債務履行請求権と本件預金債権とを対当額をもって相殺したので通知する。」旨の通知を発し、右通知は同日被告に到達した(乙第二号証)。
(二) 原告は、同年一〇月一八日京葉銀行に対し、「被告は、平成四年三月三〇日、愛時資の原告に対する現在及び将来負担する一切の債務を担保するため、京葉銀行の承諾を得た上、本件預金債権に対して原告のために質権を設定したので、念のため通知する。。」旨の内容証明郵便を発し、右通知は同月二一日京葉銀行に到達した(争いがない。)。
(三) これに対し、京葉銀行は、同年一一月六日原告に対し、「<1>本件預金債権にはいずれも譲渡質入禁止特約があり、銀行の預金債権にかかる特約が付されていることは原告であれば当然知っていたことである。<2>京葉銀行は、平成四年一一月一二日と同月一五日の二度にわたり、原告から本件預金債権に対する質権設定についての承諾依頼をうけたが、これを拒絶している。このことは、前記6に認定の「質権設定依頼書」に京葉銀行が承諾の記名押印をしていないこと等から明らかである。<3>したがって、原告が本件預金債権に質権を設定していたとしても、京葉銀行に対して対効力を有するものではない。」旨の通知を発し、右通知はそのころ原告に到達した(甲第九号証)。これにより、京葉銀行が本件預金債権の質入について承諾しないことが確定し、したがって、原告は、本件預金債権を有効に質権の目的とすることができなかった(弁論の全趣旨)。
(四) 東京地方裁判所は、平成八年一二月一二日午後二時、被告に対し和議手続きを開始する旨の決定をした。なお、右決定においては、原告は債権者約七五七名に対して約五六二億〇二七〇万円の債務を負担しているものと認定されている。(争いがない。なお、乙第三号証。)
(五) 東京地方裁判所は、平成九年五月一六日和議認可の決定をし、右決定は、同年六月二四日確定した。右決定においては、原告が和議債権として届け出た原告主張の本件損害賠償請求権について、その存在について証明があるものとは認めがたいと判断している。しかし、仮に、原告の本訴請求にかかる損害賠償請求権が和議債権として確定した場合は、右和議条件により、次のように取り扱われることになる。(争いがない。なお、甲第一五号証。)
(1) 被告は、被告が千葉県山武郡芝山町において建設中のゴルフ場(仮称「東京財資ゴルフ倶楽部」。以下、本件ゴルフ倶楽部という。)開業の日から三年間を経過した日、又は、和議認可決定確定の日から六年間を経過した日のいずれか早く到来する日限り、和議債権元本の六パーセントを支払う。
(2) 和議債権者は、和議債権元本の九四パーセント及び利息損害金全額を、和議認可決定確定日に免除する。
二 争点及び争点に関する当事者の主張
1 争点一
被告は、平成四年三月三〇日原告との間で、原告の愛時資に対する前記第一に掲げた債務(本件貸金(一)(二)の債務を含む前記第二の一の4の債務等)その他愛時資が原告に対して現に負担し及び将来負担する一切の債務の担保として、本件預金債権に質権を設定する契約(本件質権設定契約という。)を締結したか、否か。
(一) 原告の主張
被告と愛時資は、平成四年三月三〇日、前記第二の一の6の(二)のとおりの定期預金差入証を作成して、これを原告に交付するとともに、本件預金証書を原告に差し入れたものであり、同日原告と被告との間で、本件質権設定契約が成立した。
(二) 被告の主張
被告が本件質権設定契約を締結したことは否認する。
2 争点二
本件質権設定契約は、商法二六五条一項後段違反として無効となるか、否か。
(一) 被告の主張
(1) 本件質権設定契約が締結されたとされる平成四年三月三〇日当時、甲田は、愛時資及び被告の代表取締役を兼務していた。愛時資の債務につき、甲田が被告を代表して、本件預金債権に質権を設定する契約を締結することは、愛時資の利益にして被告に不利益を及ぼす行為であるから、商法二六五条一項後段の間接取引に該当する。
(2) 甲田は、本件質権設定契約締結に際し、被告の取締役会の承認を得ていない。
(3) 原告は、平成四年三月三〇日当時、被告の取締役会が本件質権設定契約を承認していないことについて、悪意であり、又は知らなかったとしても、知らなかったことについて重過失がある。
(二) 原告の主張
(1) そもそも、本件質権設定契約には、商法二六五条の適用はない。すなわち、被告は、愛時資グループで八〇パーセントの株式を保有している会社であり、取締役九名中六名が愛時資の取締役又は監査役を兼務している会社であって、資本的にも人的にも愛時資と実質的に一心同体の会社である。しかも、被告は、代表取締役の甲田が個人並びに愛路圓及び愛時資を通じて七七パーセントの株式を保有している会社であって、実質的に甲田一人が支配している事実上の一人会社なのである。このように、被告と愛時資は、資本的にも人的にも利益相反関係に立つものではなく、甲田自身が本件質権設定の意思を有している以上、本件質権設定には商法二六五条の適用はないというべきである。
(2) 右(1)に述べたとおり、被告の取締役九名中の六名が愛時資の取締役又は監査役を兼務しており、少なくとも右取締役が本件質権設定を承認していたことは明らかであり、このように過半数の取締役が承認している以上、本件質権設定について取締役会における形式的な承認決議が存在したか否かにかかわらず、実質的には承認決議があったものと等しく、本件質権設定の有効性に疑いの余地はない。
(3) 右(1)及び(2)に述べた資本関係及び人的関係からして、本件においては被告会社の取締役会において本件質権設定について反対の決議がなされる余地はなかったのであって、そのような事情から、原告は、被告において必要な取締役会における承認決議がなされたものと信じていたのであり、かつ、そのように信ずることについて、重大な過失はなかった。
3 争点三
被告は、本件質権設定契約に基づき、京葉銀行をして本件預金債権に対する質権設定を承諾させる義務を負担したか、否か。
(一) 原告の主張
愛時資及び被告は、原告に対し、愛時資の本件貸金(二)の債務の一部の弁済について事実上の弁済の猶予を得るために、本件預金債権に質権を設定することを提案し、原告は、これに応じて、弁済を猶予したのであって、原告が対抗力ある質権を有効に設定する意思を有していたことは明らかである。そして、本件担保差入証には、前記第二の一の6の(二)に認定の約定の記載があるのであって、これらの約定からすると、被告が本件預金債権について、対抗力ある有効な質権を設定したことは明らかであり、したがって、被告としては、本件質権設定契約に基づき、京葉銀行をして、本件質権設定について承諾させる義務を負担したものというべきである。
(二) 被告の主張
(1) 原告は、本件預金証書を原告に差し入れた当日、愛時資に対して二一億円を貸し付けたことになっているが、これは、既存債務の借り換えにすぎない(前記第二の一の5の(二)の(1)のとおり。)。その借り換えに係る既存債務は本件貸金(一)の債務であるが、原告は、その貸付けに際して馬頭ゴルフ倶楽部の土地に抵当権を設定している。そして、右の借り換えに際しても、右抵当権を維持し、抵当権変更登記をした。また、借り換えた二一億円については、抵当権は設定しなかったものの、その代りに、馬頭ゴルフ倶楽部の土地に新たに根抵当権を設定しているのである。したがって、原告は、本件預金証書を差し入れた際の借り換えに当たって、新規貸付けは何もなく、借り換え前と同様の担保を取得しているのである。結局、本件預金証書の差入れは、いわば「添え担保」としての意味しかないものといわなければならない。
(2) 本件預金債権には、譲渡質入禁止特約が付されている。原告は、金融業を営む会社であり、平成四年三月三〇日当時、本件定期預金に譲渡質入禁止特約が付されていることを知っていた。
(3) 被告は、本件ゴルフ倶楽部の開設を計画し、平成三年一〇月から京葉銀行をローン提携銀行として、入会金二八〇万円、預託金二五二〇万円で会員権を販売した。被告は、同年一一月六日京葉銀行との間で、保証契約を締結し、提携ローンで会員権を購入した会員(ローン会員という。)の京葉銀行に対するローン債務について、被告が保証する旨約した。
原告は、平成四年三月三〇日当時、右の事情を知悉していた。すなわち、原告は、本件預金債権が、事実上会員権のローン債務の担保となっていることを知っており、したがって、京葉銀行がローンの貸し倒れの際には、保証債務履行請求権を自働債権とし、本件預金債権を受働債権として相殺すること、すなわち、質権設定を承諾するはずもないことを知っていた。
(4) 以上のとおり、原告は、質権設定について京葉銀行の承諾が得られないこと及び相殺の反対債権があることを十分承知しながら、本件預金証書を事実上預かっていたにすぎないのであり、当初から対抗力ある有効な質権を設定する意思はなかったのである。したがって、被告が本件質権設定契約により、京葉銀行に質権設定を承諾させる義務を負担することはないのである。
4 争点四
原告が被った損害の発生について、原告に過失があったか、否か。
(一) 被告の主張
仮に、被告に債務不履行責任が認められるとしても、本件は、他行定期預金に対する質権設定について第三債務者である京葉銀行の承諾を得ることを怠るという金融機関として基本的な注意義務違反から生じた事案であるから、損害賠償額を算定するに当たっては、原告の右過失を斟酌すべきである。
(二) 原告の主張
被告の右主張は、争う。
三 証拠関係
証拠の関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。
第四 争点に対する判断
一 争点一について
1 前記第二の一の各事実に後掲証拠を併せると、次の各事実が認められ、甲第一二号(石崎鋭史の陳述書)及び乙第一二号証(甲田の陳述書)中の右認定に反する各部分及び証人石崎鋭史(石崎証人という。)及び同甲田一郎(甲田証人という。)の各証言中の右認定に反する部分は、右認定事実及びその認定に供した証拠関係に照らし、そのとおりには採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(一) 被告の株式は、前記第二の一の2の(二)のとおり、甲田が同人と愛路圓及び愛時資を通じてその大半を所有しており、被告は、実質的に甲田一人が支配している会社であった。その中でも、愛時資がグループ各社の中心的存在であって、他の各社は、あたかも愛時資の一部門という位置付けであった。甲田は、愛時資及び被告代表取締役副社長であったが、平成四年当時までは、右両者を含めて、これら関連会社を統括していた(乙第一二号証、甲田証人の証言)
(二) 愛時資は、平成四年当時、ゴルフ場の開発事業を手掛けており、東京材資ゴルフ倶楽部のほか、東京北ゴルフ倶楽部、馬頭ゴルフ倶楽部、富士中央ゴルフ倶楽部の開発事業を行っていた(乙第一二号証、甲田証人の証言)
(三) 被告は、そのうち、東京材資ゴルフ倶楽部のゴルフ場(本件ゴルフ場という。)の開発建設を担当し、その資金を会員権の販売によって調達していた。入会希望者は、被告に対し、入会金二八〇万円を支払い、預託金二五二〇万円を寄託することによって会員権を取得することができた。しかし、入会金及び預託金の合計が二八〇〇万円という高額な会員権であるところから、販売促進のため提携ローンの制度を採用し、京葉銀行を提携ローン銀行としていた。提携ローンによって会員権を購入する仕組みは次のとおりである。
(1) 会員権購入希望者に対し京葉銀行がローン融資を行い、入会金及び預託金相当額を融資する。被告は、ローン会員の京葉銀行に対する債務について、連帯保証する。
(2) 融資金は、京葉銀行から一括して直接被告に入金され、これがローン会員の手に渡ることはない。
(3) 被告は、会員から集めた入会金及び預託金を京葉銀行東京支店に預け入れる。被告は、ローン会員から集めた入会金及び預託金を同銀行に預け入れていたが、同銀行は、被告に対する債権の担保を取っていなかったため、右預け入れに係る預金債権が被告に対する連帯保証債務履行請求権の事実上の担保となっていた。(乙第一号証の一ないし三、第一三号証、第一四号証、証人大木保幸〔大木証人という。〕の証言)
(四) 原告は、愛時資に対し、馬頭ゴルフ倶楽部の造成、建設資金を融資しており、平成四年三月当時は、前記第二の一の4の(一)ないし(三)のとおり、合計一二四億五〇〇〇万円を貸し付けていた。平成四年三月三〇日には、本件貸金(一)の弁済期及び本件貸金(二)のうちの一〇億円の弁済期(本件貸金(二)については、その後分割弁済とする等の変更契約が締結されている〔甲第二号証の三〕。)が到来することになっており、被告としては、合計一一〇億円の弁済資金が必要であった。原告と愛時資は、主として馬頭ゴルフ倶楽部の会員権の販売による収入をもって、返済に充てることを意図していたが、平成二年の秋ころから、会員権市場が悪化して、融資金全額の返済を受けることは困難となっていた。そこで、原告は、そのうちの一〇億円の弁済を受けた上、残額は会員権市場の回復を待って弁済を受けることとした。(甲第一号証の一、第二号証の一、三、第一二号証、石崎証人の証言)
(五) 平成四年三月二六日ころ、被告の財務担当者(取締役山口良夫又は財務部長遠藤敏秀)が原告の事務所を訪れ、右の一部弁済金一〇億円は被告が京葉銀行にしている定期預金を取り崩して手当する予定であったが、京葉銀行が一〇億円の定期預金の解約を承諾しないので、同月三〇日の一部弁済は猶予してほしい、代りにその一〇億円の本件預金証書を担保として差し入れる旨の申入れをした。原告は、検討の結果、本件貸金(一)については、そのうち金二一億円について借り換えをさせることによって弁済したことにし、本件貸金(二)の内金一〇億円については、本件預金証書を差し入れてもらうことによって、弁済を猶予することにした。(甲第一二号証、石崎証人及び甲田証人の各証言)
(六) しかして、平成四年三月三〇日原告と愛時資との間で、前記第二の一の5の(一)及び(二)のとおりの手順で借り換え手続をして、原告は本件貸金(一)のうちの二一億円の弁済を受けた。また、被告と愛時資は、本件預金債権に関し、右両者連名による前記認定の本件担保差入証を作成して原告に交付し、被告は、同日本件預金証書を原告に差し入れた。これに対し、原告は、同日被告に対し、本件預金証書を担保品として預かった旨の愛時資あての預り証を発行した。また、原告は、原告が文案を作成した「債務者兼預金者****が野村ファイナンス株式会社に対して現在および将来負担する一切の債務の根担保として、上記定期・通知預金のうえに質権を設定いたしましたからご承諾くださるよう連署をもってご依頼申し上げます。」との依頼文言を記載し、「上記定期・通知預金に対する質権設定を承諾いたしました。平成 年 月 日 ****」との奥書も記載した原告と被告の連名による本件承諾依頼書を作成して、その被告名下に被告代表者印(京葉銀行に対する届出印)の捺印を受けた。なお、同日、原告と愛時資は、本件貸金(二)について、同日が弁済期日の元本一〇億円のうちの九億円について同年七月三〇日に弁済期日を変更するとの元本の弁済方法の一部変更等を内容とする変更契約を締結した。(前記第二の一の5及び6の認定事実、甲第二号証の四、甲第六号証、第七号証の一ないし一三)
(七) 甲田は、平成四年一一月三日、国土法違反の被疑事実で逮捕され、留置、拘留されたが、同月二四日不起訴処分となった。京葉銀行は、当時愛時資に対しても貸付けがあり、右(三)のとおり、京葉銀行は被告の会員権販売についてのローン提携銀行となっており、被告がローン会員の京葉銀行に対するローン債務の連帯保証人となっていたことから、愛時資及び被告会社を統括する代表取締役である甲田の逮捕は同銀行にとっては、大問題であった。そこで、京葉銀行は、これをきっかけに債権保全の方策を検討した。検討の過程で、被告名義の本件預金債権を、被告のみならず愛時資に対する債権保全のためにも確保できないかという観点から、顧問弁護士とも相談して、検討が重ねられた。顧問弁護士からは、本件預金債権は被告の名義なので愛時資に対する債権の担保とはならないとの助言があり、更なる検討をすることになった。(乙第一〇号証、第一二号証、第一四号証)
(八) 京葉銀行が右のように債権保全の方策を検討している最中の同月一二日、原告の石崎部長が同銀行東京支店を訪れ、本件預金債権に対する質権設定についての承諾を求めた。同銀行側は、青木茂副支店長(青木副支店長という。)及び大木保幸支店長代理(大木支店長代理という。)らが応対し、直ちに本部の融資管理課と協議して、質権の設定を承諾できない旨回答した。石崎部長は、文書による回答を要求した。次いで、石崎部長は、同月二五日にも京葉銀行東京支店を訪れ、本件定期預金について、原告と京葉銀行が折半して五億円ずつ分け合うことを提案したが、京葉銀行は、この提案を拒絶した。京葉銀行は、青木副支店長及び大木支店長代理が同年一二月三日石崎部長に対し、同銀行東京支店作成名義の「質権設定申し出の件、当行としては、拒絶いたします。」と記載した書面を交付した。原告は、京葉銀行に対し、同月一五日付け内容証明郵便により、原告が同年一一月一二日質権設定を承諾するように申出をしたところ、京葉銀行から同年一二月二日付をもって「質権設定拒絶」の回答があった本件預金債権については、被告において、引き続き原告を質権者とする質権を設定しており、原告が本件預金証書の差入れを受けているので承知おきされたい旨の通知を出した。右内容証明郵便は、翌一六日京葉銀行に到達したが、京葉銀行は、既に質権設定の承諾を拒絶しており、特に問題なしとしてこれを無視した。(甲第一四号証の一、二、乙第一三、一四号証、大木証人の証言)
(九) 京葉銀行は、本件預金債権の満期が平成五年一月二九日を始めに、順次到来することになっており、満期到来を理由に被告から解約の申出があるとこれを拒絶し得ないことから、被告の主要債権者である千代田生命相互会社(千代田生命という。)と連絡を取り、平成五年一月二七日に千代田生命が本件預金債権に対し、仮差押えをした(なお、京葉銀行が本件預金債権について自行預金質入の方法をとることは、本件預金証書が原告に差し入れられており、京葉銀行がその占有を取得することができず要物性を満たすことができないことから、これをなしえなかったものと推認することができる。)。(乙第一三、一四号証、大木証人の証言)
以上の事実が認められる。甲田証人は、本件預金証書を原告に差し入れるについては、被告の財務担当者が京葉銀行東京支店に一応伝達してその了解を得た、甲田が平成四年四月始めに京葉銀行に挨拶に行った際、本件預金証書の差入れを了解してもらったことに対して礼を述べたと証言し、乙第一二号証の陳述書においても同様の陳述をしている。しかしながら、大木証人は、その事実を否定しているし、青木副支店長及び大木支店長代理もその陳述書(乙第一三、一四号証)において、これを否定しているところである。ところで、前記認定のとおり、京葉銀行においては、被告に対する債権について担保を取っていなかったものであり、本件預金債権が唯一の事実上の担保となっていたものであるから、これを容易く第三者に担保として差し入れることを了解するものとは考えがたい。現に、京葉銀行が甲田の逮捕後に被告に対する債権の保全に動いた際に、本件預金証書が原告に差し入れられているために、自行預金質入の方法による担保取得を諦め、千代田生命に依頼して仮差押えをしてもらったことは先に認定したとおりである。このように考えると、京葉銀行が、自らの債権の事実上の担保として考えていた本件預金債権について、その担保としての効用を滅却しかねない担保差入れを了解するものとは考えられないのである。したがって、右の甲田証人の証言及び乙第一二号証の陳述記載は、信用しない。
次に、石崎証人は、平成四年三月二六日ころ甲田が来社して、三月末の弁済を猶予してもらう代りに、本件預金債権に質権を設定する、京葉銀行には了解を得ていると話した旨証言し、石崎鋭史作成の陳述書(甲第一二号証)にも、甲田が「本件預金債権に質権を設定することについては京葉銀行に説明済みであり、京葉銀行は質権設定を了解している」と説明した旨の記載がある。しかしながら、右各供述証拠は、いずれもそのとおりには採用することはできない。その理由は、次のとおりである。すなわち、右各供述証拠による甲田の説明や発言の内容は、原告会社管理部長の石崎鋭史(石崎部長という。)が直接甲田の相手方として体験した事実ではなく、いずれも原告の「山崎部長」から聞いた話であることは、右証言により明らかであるところ、甲田は平成四年三月二六日ころ原告会社を訪れたこと自体を否定し、被告の財務担当者が処理した旨述べている(乙第一二号証、甲田証人の証言)ところであって、右各供述証拠をそのまま信用することはできない。原告は、被告から乙第一一号の本件承諾依頼書に被告代表印(京葉銀行に対する届出印)の捺印を受けたのに、これを直ちに京葉銀行に提出していない。この点について、石崎証人は、質権設定の承諾書は甲田が入手することになっていたと証言する。しかしながら、それでは、原告が本件承諾依頼書に被告の代表印(京葉銀行に対する届出印)を捺印させた意味がない。また、乙第一一号証及び同証人の証言によると、原告は、平成四年一一月二七日当時も、本件承諾依頼書の原本を所持しており、これを京葉銀行に送付してもおらず、承諾書を入手するという甲田に渡してもいなかったことが認められる。他銀行の預金に質権を設定する場合においては、質権設定依頼書二通をその銀行に提出して、その一通に承諾する旨の奥書を受けて署名捺印を得るのが通常の金融実務であると考えられるところ、右各供述証拠において石崎が述べるように、甲田が京葉銀行の承諾書を入手することになり、同人にこれを任せたというのであれば、少なくとも、本件承諾依頼書を甲田に渡しておくのが普通であろう。それにもかかわらず、石崎証人の証言によれば、石崎部長が同年一一月に京葉銀行を訪問した際にも、本件承諾依頼書を持参してこれに捺印を求めたというのではなく(これを持参したとの証拠はない。なお、前記甲第一四号証の内容証明郵便には、その旨の記載があるが、それのみでは、本件承諾依頼書を持参したとの事実を認めるに足りない。)、単に承諾書の提出を求めたというのである。そして、結局、京葉銀行から承諾できないとの話があり、甲田が京葉銀行と直接交渉するということになり、甲田の求めに応じて、同年一一月二七日に本件承諾依頼書を被告あてにファクシミリ送信したというのである。石崎が供述する以上のような原告の業務執行の状況は、金融実務の基本中の基本を忘れた余りにも稚拙なものといわざるを得ないのであって、仮に甲田が京葉銀行の事前の了解を得ていると説明したというのであれば、原告ともあろう会社がそのような対応をするとは信じがたい。結局、甲田が本件預金証書を差し入れるに際して、原告に対し、京葉銀行の了解を得ている旨説明したとの右各供述は信用することができないのである。
2 右認定事実によると、被告は、平成四年三月下旬、原告に対し、本件預金証書を担保として差し入れることを条件に、同月三〇日に予定されていた本件貸金(二)のうちの一〇億円の弁済の猶予を申し入れ、原告が右申入れを受け容れたこと、被告は、同月三〇日愛時資との連名による本件担保差入証を原告に差し入れて、本件預金証書を原告に引き渡したこと、そして、本件担保差入証には、愛時資が原告に対して現在及び将来負担する一切の債務を担保するために本件預金債権に質権を設定する旨の約定が記載されていることが認められる。そうすると、原告と被告は、同月三〇日、愛時資の右債務を被担保債権として、本件預金債権に質権を設定することを合意し、本件預金証書の占有が被告から原告に移転されたこということができるから、原告と被告は、右同日本件質権設定契約を締結したといえる。争点一に関する原告の主張は、理由がある(ところで、譲渡質入禁止の特約のある債権については、質権者がその特約の存在を知らないときに限り、質権が有効に成立するものである〔大審院大正一三年六月一二日第二民事部判決、民集三巻二七二頁〕ところ、本件預金債権に譲渡質入禁止の特約が存することは前記第二の一の(6)の(一)のとおりであり、原告が右特約の存在を知らなかったとは認められない〔石崎証人の証言によると、原告は、右特約の存在を知っていたことが認められる。〕。そうすると、原告と被告との間で、本件質権設定契約が成立したものの、原告は、京葉銀行が右認定の質権設定を承諾しない限り、本件預金債権に対する有効な質権を取得することはできないということになる。)。
二 争点二について
前記第二の一の2の各事実に、平成四年三月当時、愛時資がグループの中心的存在であり、他のグループ各社は愛時資の一部門という位置付けであったこと、甲田が同人と愛路圓を通じて被告会社の株式の大半を所有しており、被告は実質的に甲田一人が支配している会社であったこと、甲田が右当時愛時資及び被告を含む愛時資グループ各社を統括していたことの各事実を併せると、愛時資と被告は、資本的にも人的にも一心同体の会社であって、愛時資(甲田)の利益はすなわち被告の利益であり、愛時資(甲田)の不利益はすなわち被告の不利益という関係にあったと認められるのであって、右両者は相互に利益相反の関係に立つものとはいえない。したがって、被告が愛時資の原告に対する債務を被担保債権として本件預金債権に質権を設定しても、右取引によって被告と愛時資(甲田)との間に実質的に利害相反する関係を生ずるものではなく、右取引については商法二六五条の取締役会の承認を必要としないと解するのが相当である。争点二に関する被告の主張は理由がない。
三 争点三について
1 被告は、本件質権設定契約を締結して、本件預金債権を質権の目的とすることを合意したのであるから、質権設定者として、質権者に対し有効な質権を取得させるべき契約上の義務を負担するのは当然である。そして、本件預金債権が譲渡質入禁止特約のあるものであることは前記のとおりであるから、被告には、質権設定者として、本件預金債権に質権を設定することについて、第三債務者である京葉銀行の承諾を得る義務があったというべきである。
2 被告は、原告は本件預金債権に質権を設定することについて京葉銀行の承諾が得られないこと及び相殺の反対債権があることを十分承知しながら、本件預金証書を事実上預かったにすぎず、当初から対抗力ある有効な質権を設定する意思はなかったと主張する。しかしながら、本件質権設定契約に当たって被告が愛時資と連名で原告に差し入れた本件担保差入証には、<1>被告は、愛時資に不履行があったときは、事前の通知なく直ちに質権を実行されても異議がないこと、<2>書替後の預金債権にも質権の効力が及ぶこと、<3>本件預金債権の期日到来の時は、原告が任意受領して債務の弁済に充当できること、及び<4>被告は、本件預金債権について、無効取消しその他の瑕疵又は相殺の原因などのないことを保証するとの約定が記載されていることが認められるほか、原告は被告から質権設定承諾依頼書に代表印(京葉銀行に対する届出印)による捺印を徴していることが認められる。そして、原告が金融を業とする会社であることを考慮すると、平成二年ころから会員権市場が悪化して馬頭ゴルフ倶楽部の会員権の販売収入をもって貸金の返済を受けることが困難となっていたというのであるから、何らの見返りなしで本件貸金(二)の一部の一〇億円の弁済を猶予するものとは考えがたい。現に、原告は、弁済期が到来した本件貸金(一)について、借り換えの方式により新たに二一億円を愛時資に融資してこれを本件貸金(一)の一部弁済に充てるとともに、馬頭ゴルフ倶楽部の土地に新たに根抵当権を設定していることが認められるのである(極度額は、右借り換え分二一億円と本件貸金(二)の弁済猶予分一〇億円の合計三一億円を超える三五億円とされている〔乙第九号証〕が、これが設定された不動産は、前記第二の一の4の(一)の抵当権が設定された不動産と同一であって、担保としての実効があるかどうかは疑わしい。)。したがって、原告が弁済期が到来した本件貸金(二)の一部の一〇億円について、弁済を猶予するに伴って新たな担保の供与を求めるのは当然であり、むしろ、通常は、新たな担保の供与なくして弁済の猶予を与えるということはないと考えられる。以上の事情を考慮すると、原告は、対抗力ある有効な質権を取得する意思で本件質権設定契約を締結したものと認めるのが相当であり、被告の右主張は、採用することができない。
四 争点四について
銀行に対する預金債権に譲渡質入禁止の特約があることは常識であり、原告もこれを承知していた(石崎承認の証言)。したがって、これを目的とする質権設定契約を締結しようとする債権者は、契約に先立ち、設定者をして第三債務者である銀行の承諾を得させた上、当該預金債権が質権の目的となるものであることを確認して、不測の損害を回避するよう注意する義務がある。しかるに、原告は、この点の注意を全く払わないまま、本件質権設定契約を締結した。更に、原告は、馬頭ゴルフ倶楽部の建設事業を手掛けていた愛時資と同じグループに属する被告が本件ゴルフ場の建設を手掛けていたことを知っていたものと推認され、本件預金債権は別紙目録記載番号8を除き、いずれも入会金及び預託金の合計額相当の二八〇〇万円及びその正数倍の金額であることが認められるところ、原告が甲田から京葉銀行が本件預金の解約に応じない旨の説明を受けていることを考慮すると、原告は、京葉銀行が被告の会員権販売についてのローン提携銀行であって、被告がローン会員のローン債務について連帯保証していること及び本件預金債権が入会金及び預託金をそのまま預金したものであって、右連帯保証債務の事実上の担保となっていたことを容易に知り又は知り得べきであったということができる。また、原告が我が国有数の金融会社であることを考慮すると、原告は、銀行が預金者に対して債権を有している場合には、預金者に支払停止等の事由が生じたときは、直ちに預金債権と同行相殺して債権の回収を図るのが銀行実務であること、京葉銀行も右銀行実務に従い被告に対する債権をもって、本件預金債権と同行相殺するであろうことを知っていたものと推認される。そうすると、原告としては、その点を甲田に確認し、又は京葉銀行に紹介する等の注意をすべき義務があったということができる。しかるに、原告は、この点についても、全く注意を払っていない。以上の諸点を考慮すると、原告には、本件質権設定契約に際し、右認定の各注意義務を怠った過失があり、右過失も本件損害発生の原因となったものということができる。更に、本件質権設定契約締結後における京葉銀行の承諾を取り付けるための原告の対応は、金融実務の基本中の基本を忘れた稚拙なものであって、この点は、争点一に対する判断において、説示したとおりであるので再論しないが、右に示した判断を前提とすると、この点においても原告には過失があるというべきである。
右に認定した原告の各過失は、被告の債務不履行により原告の被った損害の賠償額を定めるについてこれを斟酌すべきである。しかして、右認定の債務を負担する被告としては、質権者である原告に対し、有効の質権を取得させるべく、例えば、弁済猶予を受けた一〇億円についての弁済を検討し、あるいは代替担保を提供する等して、本件質権設定契約の約旨に従い、京葉銀行の承諾を得るように誠実にその履行に努めるべきところ、証拠調の結果を総合しても、被告がそのような努力をした形跡は見当たらない。一方、原告にみられる過失は、先に指摘したとおりであり、これら双方に認められる事情に、京葉銀行の承諾を得ることが当初から不能というわけではないにしても、かなり困難な状況にあったと認められることをも併せて考慮すると、原告と被告の過失割合をそれぞれ五割とするのが相当である。
第四 結論
一 以上の認定及び判断の結果によると、原告は、被告の債務不履行により一〇億円の損害を被ったが、過失相殺の結果、原告が取得した被告に対する損害賠償請求債権は、五億円となるところ、前記第二の一の7の(五)により、右債権は和議債権として取り扱われ、その元本の九四パーセント及び利息損害金全額を免除されたものと認められる。
二 そうすると、原告が被告に対して有する損害賠償請求債権の額は、三〇〇〇万円となる。しかして、原告主張の本件損害賠償請求債権については、その和議債権届出に対し、整理委員及び和議管財人がともに異議を述べており、東京地方裁判所も前掲和議認可決定において、右届出に係る和議債権の存在について証明があるものとは認めがたいと判断しているところであり(乙第四号証)、被告も本訴においてこれを争っている以上、当裁判所が認定した右三〇〇〇万円の損害賠償請求債権の存在を確認しただけでは、被告が和議条件どおりの履行をなさない蓋然性が高いから、原告には、確定した和議条件どおりの将来の給付の訴えをする権利保護の利益があるというべきである。
三 よって、原告の第一次的請求は、被告に対し、被告が千葉県山武郡芝山町において建設中のゴルフ場(仮称「東京財資ゴルフ倶楽部」)の開業の日から三年間を経過した日が到来したとき、又は、平成一五年六月二五日が到来したときは、そのいずれか早く到来する日限り、三〇〇〇万円を支払うよう求める限度で理由があるから、その限度でこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(別紙)目録<略>